1. 主要ページへ移動
  2. メニューへ移動
  3. ページ下へ移動

銅合金辞典

記事公開日

最終更新日

【連載:VTO16搬出の記録】 第2部:【1986年の原点】汎用立旋盤VTO-16と職人たちから学んだ「ものづくりの本質」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

はじめに

Jマテ.ロボカッパーです。連載企画第2弾です。
1986年、製造業の未経験者として飛び込んだKさん。そこには、現在の自動化された工場では見ることが少なくなった「職人と機械の対話」がありました。本記事では、
K
さんの工場での経験を通じ、汎用機VTO-16の迫力、切粉(きりこ)から情報を読み取る洞察力、そして機械を「体の一部」として愛する職人の精神性について、原点を振り返ります。

1986年、加工の世界への第一歩


当時の工場写真

私が入社したのは1986年(昭和61年)。この年は、英チャールズ皇太子とダイアナ妃が来日し、日本中が華やいだ雰囲気の中にありました。

高校の普通科を卒業したばかりの私にとって、製造業はまさに未知の世界。バイト(切削工具)とは何か、切削速度とは何か、すべてはゼロからのスタートでした。入社後の3ヶ月間は、午前中に教科書で自主学習を行い、午後は現場作業。このサイクルを繰り返し、2週間に1回のテストを受けながら、一歩ずつ知識を蓄えていく日々でした。

当時の職場環境は、10代は私一人。20代が1名、30代が数名で、ほとんどが40代以上のベテラン。Jマテ.エンジニアリング株式会社の前身となる、設計・組立部隊。そして加工を担う部隊が現Jマテ.カッパープロダクツ株式会社。正に精鋭部隊の工場でした。

汎用立旋盤「VTO-16」との出会い


VTO-16

薄暗い天井照明の工場には、多くの汎用機と、ごく数台のNC機(数値制御工作機械)が立ち並んでいました。機械1台に1名が就き、ハンドルやレバーを使って手動で加工を行う汎用機が工場の大半を占めていました。その頃のNC機械は、加工プログラム(工具の軌跡、速度、条件など)を記憶させて機械に入力するために紙テープ(パンチテープ)が使用されていた時代です。

その中でも、ひときわ強い印象を残しているのが汎用立旋盤「VTO-16」でした。

まだ真新しい外観のその機械は、素材が姿や形を変え、製品へと昇華していく様子が目を見張るほどかっこよく、他を圧倒する迫力を持っていました。

職人の技術:0.01mmの感性

複雑な形状に対応するため、職人たちは専用のバイトを自作していました。また、0.1mmにも満たない100分台(0.01mm単位)の精度を出すために、バイトを軽く叩きながら「感覚」で寸法を追い込んでいく。それはまさに熟練の技でした。

彼らはよく「切粉(きりこ)は情報の宝庫だ」と言っていました。排出される切粉の形状を見るだけで、加工条件が適切かどうかを瞬時に判断するのです。

機械への愛情と「53年の歴史」

機械の不調に対しても、職人たちは自ら向き合いました。加工精度の低下、ガタツキ、異音などのトラブルが頻発した際は、自分たちで機械を分解・洗浄し、部品を交換。新品同様の精度と性能を復元させていました。

VTO-16が53年もの間、加工ができた理由。それは、以下のような「機械に対する深い愛情」があったからに他なりません。

  • 始業前の準備: 少し早めに出勤し、機械に油を差し、暖気運転を行う。
  • 道具の扱い: 測定具やバイトをウエスで拭き、テーブルに整然と並べて始業を待つ。
  • 機械の日常メンテナンス: 清掃や注油など、機械の摩耗や精度維持の管理・チェック。
  • 年末の儀式: 大掃除の後、機械にお神酒(おみき)を供え、手を合わせる。

職人の背中を見て、私は機械とは「体の一部」なんだと強く実感しました。

活気ある昭和の職人集団


当時の工場

昭和の「職人」というと無口で近寄りがたい印象があるかもしれませんが、当時の先輩方は非常に明るく、丁寧に指導してくださる方ばかりでした。

  • オンとオフの切り替え: 休憩時間は卓球や野球、ゴルフの素振りを楽しむ活発な集団。
  • 職人の眼光: いざ仕事となると一切の妥協を許さず、眼光鋭く加工に向き合う。
  • 仲間意識: 定時で帰宅する人は、残業で残る人、一人一人に声をかけ安全を願って帰る。

彼らは、手作業だからこそできる臨機応変な対応力と、機械を完全にコントロールする感覚を武器にしていました。「自分の作ったもので社会に貢献する」という高い誇りを持ち、「妥協や手抜きは職人としての信頼を裏切る行為」と考え、常に最善を尽くす姿勢を貫いていました。

私のものづくりの原点

このような職人たちの生き様こそが、私のものづくりの原点です。

加工技術はもちろん、社会人としての基礎を教えていただいたあの頃の経験は、今も私の心の中に生き続けています。

職人の技能(目視や勘)から、プログラミング(論理)へとものづくりの主役が移り、長年職人の手作業に頼っていた「汎用機」の時代から、コンピュータによる自動制御を行うNCの時代へ大きな変革を遂げています。この進化は、生産性、精度、そして加工技術の在り方を根本から変えました。その一方で、技術がどれほど進化し、デジタル化が進んでも、「機械を愛し、情報を見極め、誇りを持って最善を尽くす」という本質は、変わることはありません。

現場の皆さんへ

もしかしたら、古臭い考えと思う方もいるかもしれません。
しかし、皆さんが現在使用している最新のNC機にも、VTO16などの先代設備を通じて蓄積された「切削の論理」が反映されています。日々のメンテナンスや清掃の際、かつての技術者が設備に敬意を払っていた姿勢を思い出し、丁寧な管理を心がけてほしいと思い投稿致しました。その積み重ねが、設備の安定稼働と皆さんの技能向上に繋がると信じております。

---
いかがでしたでしょうか?

次回の最終回【第3部】では、VTO16に携わった技術者たちの具体的な記録と、搬出直前に起きた設備の状況についてお伝えします。

第1部についてはこちら
【連載:VTO16搬出の記録】第1部:53年間にわたる稼働への感謝と「清祓(きよはらい)の儀」 | 銅合金辞典
第2部についてはこちら
【連載:VTO16搬出の記録】 第2部:【1986年の原点】汎用立旋盤VTO-16と職人たちから学んだ「ものづくりの本質」 | 銅合金辞典
第3部についてはこちら
【連載:VTO16搬出の記録】 第3部:手動加工から数値制御へ。VTO16が支えた技術の転換と稼働の終了 | 銅合金辞典
産機工場についてはこちら

産機工場|大径銅合金部品に特化した産業機械加工拠点
取り扱い製品はこちら
一般産業機械関連|高耐久な銅合金摺動部品による安定稼働

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お問い合わせ

CONTACT

ご質問、ご相談、具体的なご要望などがありましたら、こちらからお気軽にご連絡ください。

資料ダウンロード

DOWNLOAD

製品カタログや詳細資料などを無料でダウンロードいただけます。